3万年前のひとたちがつくったメディア

新記号論 読書会 2019.11.17 第一回

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 記念すべき第一回では主催者の風邪で延期して日程が変わったため、集まったのは3人で主催者を入れて4人で始めることになった。1人は時間の都合で最初30分だけとなった。寂しい始まりとなったが、このメンバがこの読書会の核となっていく。

 ①筆者がメディアの研究を始めた経緯が語られる。東京大学で生徒と先生であった二人が約20年後に偶然の再会がありこの講義をやることが決まったということだ。

 続けてそもそもメディアとはいつからあるのだろうかという話から講義の導入が始まる。 約32000年前にクロマニヨン人がいたころからあったもので、彼らが残したとされるショーヴェ洞窟の壁画は初めての「 メディア 」であった。そして今から100年前に初めて作られた映画も「メディア」であり、約3万年前は人間が手でかいていたが100年前になると機械が動きをかきとるようになった。

 この話はわかりやすい例を使って大きなスケールで問いが提起され、この本で語られる内容が楽しみになってくるという点でとてもいい導入であった。機械が書きとる、という切り口が新鮮であった。この言い方をすると3万年で何が変わったのかということがシンプルにイメージできて、何を考えればいいのかがよくわかる。

 ②人文科学がメディア論の問いに答えられるだけの知識を蓄積していないという筆者の認識が示される。19世紀から20世紀に活躍した、フロイト、ソシュールをはじめとした研究者の思想はメディアという問題と切り離せない。先の講義で詳しく出てくることになるが、このころにあったメディアの進化によりできるようになったことや新たな発見を踏まえて人文学者がこれまでと違う、それまでの分類では捉えきれないような成果を残すようになっていく。

 人文学者のメディア論に関係するものとして、デリダの「プラトンのパルマケイアー」に出てくるファルマコンの問題が説明される。プラトン「パイドロス」に出てくる話で、記憶と想起の秘訣についてエジプトのテウト神とファラオの間での会話である。現在、メディア端末を日常的に使っている我々に同様に問うことができる問題である。このことは、人文学の問いの中心が「記憶と技術の関係」にあったのであり、現在の技術が発展した状況でも有効な問いであるということも説明される。

 この話も分かりやすい例であった。筆者がメディア論に取り組む理由がみずから明かしていくような展開で読者を引き込んでいく。

メディアを介した記憶と想起については参加者から実体験をもとに考察した文章を寄せてもらい次回の読書会で紹介してもらった。(記憶と記録について)

 ③32000年のメディアの進化がなぜ可能であったのか、人間にどのような心かがあったのかという話が語られる。直立二足歩行により脳と手が解放されて道具が使えるようになったことで言葉や道具が使えるようになった。また、直立することで顔に表情が作れるようになり、関係をつくり社会を築けるようになった。

 脳と手の開放によって、ショーヴェ洞窟に壁画のようなものを残せるようになり、彼らは初めてのメディア学者となった。また、言葉やイメージを使えるようになったことで、初めての記号学者にもなったといえる。

 自然科学の発見をメディアの歴史から読み解いている。どんな読者も読める話になっているが、斬新な切り口なのでやはり引き込まれる。

 ④記号論が廃れてしまった現状について語られる。17世紀末の哲学者ライプニッツに始まる歴史があるが、そこで構想され発展してきた研究成果が現実化するような世界になった昨今になって廃れてしまったという逆説がある。

 これは、時代を先取りしていた思想がそこで構想していた世界が実現してみると古びて見えてしまうことがある。しかし、その思想がどこが間違っていてどこが正しかったのか精査して鍛えていくことが必要である。当講義はそのような試みでもある。

 ⑤現代記号論という言葉が出てくる。筆者は、20世紀後半に流行したソシュールやバルトの記号論はアナログメディアの記号論であったとして、それらを現代記号論と名付けている。

 ソシュールが提唱した「記号学」についての文章が引用され、自身が打ち立てようとしていた「言語学」は、一般的な学としての記号学と呼ぶものの一部となるはずだということが言われる。この提唱を受けて新しい知の潮流が起こってきた。

20世紀には、ソシュールによる記号学の提唱を受け継ぎ、新しい血の潮流が次々と起こっていく。社会や文化を研究する学問
 ・クロード・レヴィ=ストロース 構造人類学、神話分析
 ・ロラン・バルト 記号生活の研究
  ⇒ 構造主義の流れ(言語にとどまらない意味の問題圏)
 ・ジャック・ラカン 詩精神分析の理論核心
 ・ルイ・アルチュセール マルクス主義のイデオロギー論の新しい理解
 ・ジャン・ボードリヤール 消費社会の分析
 ・ミシェル・フーコー 科学認識論
 ・ジャック・デリダ ポスト構造主義の哲学者 「文字学グラマトロジー」
  がソシュールが提唱した一般記号学に基礎を与えると述べる
 20世紀の思想の源泉

 現代記号論を担った研究者はもともとテクストの専門家であったことや、記号学を提唱したソシュールは言語学を専門としていたことから、記号を言語のようなものとして考える傾向があった。

 ⑥筆者が大学での講義を受ける学生に覚えてもらう年表が紹介される。メディア技術の発展と社会、思想、産業・社会を並列にして描かれたもの。読書会ではこの年表の読み方についていくつかの論点があがった。

  • 大衆社会と消費社会の違いがよくわからない
  • 構造主義とは何か

 ⑦テクノロジーの文字という話がされる。記号を考えるうえで言語モデルから離れて機械が文字をかくという観点で考える必要がある。このいいかたも新鮮で、この言い方をされることで考えられることが拡がってくる。

 さらに筆者からは、「技術的無意識」という言葉が語られる。無意識というと精神分析の用語でメディアと縁がないように思われる。それは、メディアテクノロジーの発達によって、人間の能力を超えた次元で事象を捉えることができて再現することができる、そのメディアテクノロジーが可能にする領域のものを指すという。

 

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