哲学の歴史

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すべてが効率良く金を儲けるための仕組みに囲まれていきているわけで。なにをするのでもコスパが重視される。食うための仕事をする限りはそれでいいのかもしれない。むしろそうでないといけないのだろう。限りある資源を効率的に配分するために。一方で、人間であるということは、感情がある。コスパだけですまないものがあるはず。世界には色々不合理なことがあるのはその証拠だろう。

そして、世界にそれなりに適応してきた。ただ、いくら真面目に仕事をしてもなんの達成感も得られない。金属疲労ならぬ、勤続疲労を起こしている。義務と解放しかない人生。

自分はなんなのか、世界はなんなのか、なんのために生きているのか。人間とはなんなのか。

メンタルヘルスのハウツー本では満たされない。根本的な問いが解消できない。答えがあるものではないにしても、小手先の意識改革だとか、コツだとかでは解決できないものなのだと思う。見本となるような人もいない。囲われた守られた枠の中での戯れとパワーゲームをするための人しかいない。導いてくれるような、気づきを与えてくれるような人もいない。

これは、先人の知恵を借りるしかない。世界は変わったが、人間という動物の機能としては何千年前との違いもないのだから、きっと、それはいまにも通じることがあるのだと思う。まずは、知ることから始める。

今の自分がこのようなことを考えるのは、このように行動することには、なんらかの背景があるはず。そして、この世界ができているのも、なんらかの理由があったはず。考えたことを実現してきたのだから。

どうせやるのなら、でかく始めていくことにする。西洋東洋とわず、記録なり残っているところから、日本語が中心になるが、年表を作りその要約をしていく。大きな流れを捉えて整理してから、掘り下げていく。これをやりながら、そしてやり遂げると少しはものを知ることができるだろう。

哲学の歴史年表

時代区分人物作品、キーワード
古代ⅠB.C. 776イオニア時代